
令和8年7月28日(火)午後4時27分 熊本地方に震度7、マグニチュード7.1の大地震が発生した。仕事中にひどい揺れが来た。思わず机の下に潜り込むように動いた。長い揺れだった。10年前に来ているのに早いなと一瞬思った。
揺れがおさまり直ちに被害がないか調べた。事務所内、外を見て回った。あれほどの揺れだったにもかかわらず、被害は応接室の壁に少し亀裂が入っただけであった。机がずれていた。コピー機がずれていた。テレビも落ちていたが壊れてはいなくてほっとした。
職員は直ちに帰宅させた。遠隔地から通勤している職員は、道路が渋滞して通常の3倍かかったという。我が家は荷崩れしていて、片付け作業が必要だった。直ちに片付け作業に着手しようとしたが、10年前のことを思い出し、前震の後に片付けし、二日後の本震で再び滅茶苦茶になったことを思い出し迷った。しかし、片付けざるを得ないと判断し、翌日一日かかって片付けた。壁等への被害は幸いにもなかった。
震源がどこなのか、揺れの程度はどうなのか、テレビを見ると熊本県中南部が震源でかなりの被害が想定された。事務所の所在する地域は震度5強だったようだ。日奈久断層が10年前に割れ残った部分が今回割れたと専門家が発表した。本来、前回割れるべきところだったようで、だから10年という早い時期に発生したのかと思った。地球的規模で考えれば10年という時間は、ほゞ同時ということになるのだろう。
問題はインフラであった。夏だ、電気が止まったら致命傷になると思った。熊本市中央区は電気は止まらなかった。しかし、水が止まった。10年前の教訓で水を備蓄していたので、それを使っていたが、翌朝には復旧していた。震源地近くではかなりの被害が出て死者多数、9千人を超える避難所生活者が出ている。
そういう中にあって、私たちは運が良かった。不幸中の幸いであったように思う。冷房が止まらず水も比較的早く復旧した。これが何よりのことだった。暑さによる災害関連死という言葉が現実のものになるところだったのだ。
しかし、いつ本震が来るか、次の関心はそれだった。十日後の8月7日現在、あったのは震度5弱である。そういう状況の中で、県外の親戚、知人、友人から安否を尋ねる電話をたくさんいただいた。ありがたいことだった。
令和8年8月6日

