マスターの覚悟

理髪店

心境の変化があったんですか? 恐る恐る訊ねてみた。月に一度いく理髪店のマスターのこと、あご、もみあげに黒々と髭をたくわえていたのである。

対面する鏡の中に見えるマスターの髭は、一か月前にはなかった。相当の心境の変化があったものと見たのである。

年の中途に材料費高騰による値上げがあり、10月には消費税の増税による値上げも続いた。その影響が出て経営に暗雲が垂れ込めているのか・・・、なーんて考えたりしたものだが、客足には変化がなさそうだし、なんだろうなと思っていたのである。

マスターは「いいえ、いつもこの時期にはこうしているんです。」とあっけらかんにこたえる。えー、知らなかったなあ、たしか去年も来てたんだけど気がつかなかったなあ。そうだったのかと思っていると、「この商売、一年の通信簿が暮れに出るんです。それで、年末にかけて髭を伸ばして結果を待つんです。通信簿が出たら、即、髭をそり落とします。」とのこと。結果が良いとき、悪いときで対応が異なるのかは聞きそびれたが、いずれにしても潔い心構えではないか。

理髪店は暮れが最盛期である。暮れにお客さんが来てくれるかどうかは、日頃の精進次第だと、お客さんが仕事の評価をしてくださるのだと、マスターは思っているのだ。

腕の良いマスターと思っていたが、ここまで自分を見つめていたのか、「ウーム」とうなってしまった。仕事のありようの審判を年末に受けるという心構えは見上げたものだ。一つ勉強させられた心もちであった。